相談役の世迷言 | 出雲市、大津町、今市町、中野町、北本町、白枝町、多伎町、稲岡町、朝倉、姫原、芦渡町、四絡、斐川町周辺の不動産をお探しなら有限会社小林興産にお任せ下さい。

出雲市の不動産情報 by (有)小林興産

営業時間8:00~18:00定休日日・祝(隔週土曜)

営業時間8:00~18:00定休日日・祝(隔週土曜)

相談役の世迷言

私は今年で満67歳を迎える。考えてみれば、確かに語るに相応しい過去もないばかりか、取り立てて卑下しなきゃならない程の忌まわしい出来事もなかった。要は凡人たる人生であったのだ。

様々な困難と病苦にもあったが、格別恐れたり痛がったりはしなかった。それよりも、もっともっと家内に優しくしてやれば良かったという思いと、両親に孝行が尽くせなかった事への反省ばかりで、毎日慙愧に堪えない思いでいる。

人生は残酷なものである。ただただ反省ばかりの私に、お前の人生にも黄昏が近づいてきたぞと、神は仰るのだ。髪が抜け、肌には日増しにシミが増えた。いたる処が痛みを訴え、艶が無くなり、気力の減衰に呆れ戸惑い、脳みその何処かしこを探しても失った記憶が見つからない事が多くなり、今では一日中それで失敗したり言い訳する事ばかりだ。すでに老いの捕囚となったことは周知の事実となった。

そんな頼りない私が、今、一番熱心にやっている事は、プロテスタントとしての信仰であり、私なりの正義の追求である。なんか、こういう言い方をすると、いかにも高尚に聞こえそうだが、何の事はないのだ。

毎日無事でいられた事への感謝と、愛する者への神のご加護をお願いし、世界の恵まれない人、貧し飢え渇している人に神よりの癒しと計らいを頼み、人々への圧政弾圧、暴力と悪行を行う者を、神の名の下に滅して下さいと願っている。

特に去年11月3日のアメリカ大統領選挙に於ける、前代未聞の不正によりトランプ大統領が落選を余儀なくされ、〇態バイデンが大統領になった驚天動地の犯罪に、多くのアメリカ人と数か国の政府機関が関与し、しかも大手メディアとSNSが出鱈目な報道と検閲により、情報と投票を操作した。そしてなんと投票機は操作され1つの州で数百万票が操作されていたと知り、理念と憲法そして信仰で出来た国アメリカの奈落の証人となった私は、毎日、怒り心頭で楽しむことが無くなった。今、アメリカは全体主義国家、赤色革命が進行しつつある。頼りはトランプと仲間たち、そして軍隊だけである。

だから、選挙前3ケ月から今迄の6か月半、私はアメリカの復活と安寧を願い、またトランプの再起が隠されているのではないかとの期待で、毎日3時間はSNSを渡り歩く日々を送っている。だから、随分と英語力がついてある程度の英文を短時間で読めるようになった。今から大学受験も良いかも・・・・・

ところで、この歳になると自分の葬式をどうするかの式次第を考えておかねばならない。思い残すことがないようにである。失敗だらけの我が人生の最後だけは、失敗をしないように願いたいではないか。

私は音楽が好きだから、会葬者には私の好きな曲を聴いてもらい、私の日本への想い、美とするもの、神への憧れと祈り、そして純真だった子供の頃を知ってもらいたいのだ。

以下の順で曲を流して欲しい・・・・・

 

 

新日本紀行(旧)テーマ曲 https://www.youtube.com/watch?v=k__WJ16qwWI

 

カナリア https://www.youtube.com/watch?v=nRQln-NKt-Y

 

御菓子と娘 https://www.youtube.com/watch?v=KqtBNXCN7FE

 

モーツァルト作曲 アヴェ・ヴェルム・コルプス

https://www.youtube.com/watch?v=5XczGCLw3nw

 

フォーレ作曲 「レクィエム」から、神の子羊(アニュス・ディエ) 24:00当り

https://www.youtube.com/watch?v=B6hwBVR5RDs

 

これらの曲は、頻繁に愛聴しているものばかりである。ある程度の高齢者なら、「新日本紀行」のテーマ曲はご存じであろう。富田勲の名曲であり、且つ、NHK史上でも筆頭の人気テーマ音楽である。但し、私は新旧テーマ曲を比較するとどうしてもこの旧テーマ曲に愛着がある。高度成長期を迎えながらも、特別に日本人たる誇りと郷愁を与えてくれる。殆ど毎晩寝る前には聴いている。 

 

「お菓子と娘」 西條八十作詞・橋本国彦作曲 。「カナリア」  西條八十作詞・成田為三作曲

何れにしても童謡の名曲である。作曲も素晴らしいが、何といっても西條八十の作詞が素晴らしい。私がこれ等を歌いだしたのは、いつの頃からだろうか。決して童謡としてではないような気がする。

「お菓子と娘」はいかにも憧れのフランスの少女たちの振舞いが可愛く洒落ている、「カナリア」には子供には理解できない作詞家の矜持と、恐ろしく研ぎ澄まされたメルヘンチックな映像が美しい。日本に西條八十が居てくれた事は正に神の配材である。因みに、日本人ほど子供を大事にする国はないと、明治初期に横浜から北日本を旅したイザベラ・バード女史が言っていた。そして数多の童謡やら小学生唱歌の名曲を作った国もない。

 

モーツァルト作曲の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はモテット(讃美歌)で最も美しい曲ではなかろうか。彼の遺作となったレクィエムは、余りの神々しさと畏れで、私は滅多に聴くことはない。しかし、このモテットは天国的で慈悲深く美しい。

 

フォーレのレクィエム(鎮魂ミサ曲)は、モーツァルトとヴェルディに並ぶ三大レクィエムの一つである。フォーレ以外の二作は罪人としての人間を意識させ聴く者をみな怯懦させるが、フォーレは唯只美しく来るべき慈悲が明らかに前提となった曲である。その中でもピエ・イエズス(ああ、イエスよ)とアニュス・ディエ(神の子羊)は天国的で何百回聴いているが飽く事がない。尚、この演奏は名盤と云われるクリュイタンス指揮パリ管で、独唱フィッシャー・ディスカウとロス・アンヘレスに依るものである。私は沢山のこのレクィエムのCDを所有しているが、これに尽きる。

私の最期は、十字架の覆いで包まれた棺の中で、これらの作品を聴きながら魂は何とか天に昇げられますように、そればかりを祈っている。

 

投稿日:2021/02/14   投稿者:小林 孝之