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2007年 秋真盛りの某日

 最近つくづく思うのは、なんと日本の若者は忍耐強いのか、というその事である。我々の青年期には少しでも社会に巨悪とか不平等、あるいは不正があれば、学生を筆頭に大いに議論し騒いだものである。しかも、その動機は自分に降りかかるからとかいう利己的なものではなく、他人とか他国の民族に対しての同情とか義憤によるものであった。
勿論、私はそのような事を殊更取りあげて不満の動機にするような事はなかった。何処の国でもいつの時代でも、多かれ少なかれそのような瑕疵はあるものと、少しは大人びた考えをしていたからである。また、当時全盛だったマルキズムに対して、本質的に人間の本性を否定する綺麗事と、それこそ実存主義をもって個としての自己の救済のみを考えていた私は、本能的にそれを感じ取っていた。
 しかし私は逆に、53歳の今になって、当時は持ち合わせていなかった同情とか義憤を感じるようになった。それは左翼とかマルキズムとかへの回帰ではなく、逆にそれらが戦後60年間の内に日本で蝕んできた、民族の伝統とか、強さとか、あるいは性の本質とか、つまり昔からの美徳とされていたものが、戦後民主主義と謂われるものによって曖昧にされたり否定されたりした結果、気付けば、用心はしつつ頑なに自分では守り続けてきたつもりの自分を取り囲む全ての環境が、目眩がするような捻じ曲がった時空になっていたからである。
普遍とされていたものが、曖昧でボンヤリとして、外郭すらないアメーバーのような軟体となって、変異と変形を繰り返してきた。そして、何よりも我慢ならないのは、それらを可能とさせたものが、以前は相対的あるいは曖昧とされていた愛とか平和とか男女平等とかという、民族と歴史文化によっては決して普遍化と一元化は不可能な概念であったことだ。それらはあたかも絶対的な度量計として使われ、時には知性とか良心とか進歩性の踏み絵ともなり、それに異を唱えるものに、保守とか無知とか、あるいは不合理の烙印を押し付け、公の場から疎外してきた。
 その結果、日本の社会は自称他称を問わぬ「弱者」といわれる者達、あるいは一部のマイノリティーに対して正義ごっこを行う場となり、「強者」つまり「意地でも自存自律によって、泣き言を言わず自分の不遇を社会とか他人とかのせいにしない者」達は、その生き様とか地位とかあるいは潔さとか若さとかまでも、「弱者」への貢物にされ、彼らから一方的に搾取される側となった。
 先日もテレビでは、ある大手コンビニの「店長」という一種の管理職にされた若者等の現状が報道された。4日間で40時間の残業とか、1ヶ月130時間程度の残業がザラで残業代0円、しかも平店員よりも給与が安いのだそうである。要は、若者を突然管理職にして残業費を払わないという、会社上層部の目論みのようである。
 情けないではないか、40歳を越えた者たちの考えが、未来ある若者達を食い物にして己と会社の存続をはかるというのなら。
 若者に告ぐ、君達は強者でありつづけて、決して弱者となる事をやめよ。反旗をひるがえし、「弱者」と呼ばれる者達への犠牲を拒み、特に年寄りへの際限のない負担に異を唱え、若者に夢を与えない経営者とその手先、そして口先だけのマスコミと政治家を、声の限りに罵倒しろ。こんなにも若者に負担を強いて、未来をなくさせ、年寄りやらに余命だけを与え、今現在財力と地位のあるものだけが賛美され正当化される、この綺麗事ごっこの日本に、何かを仕掛けろ。我々の青春には、まだ夢があって、情けもあって、大多数の日本人には大人の分別があった。今はそれら全てがなくなった。若者よ怒れ・・・・・・・・・、それでも君等が怒らないなら、もう日本に未来はない。

2007年 初秋某日

 時津風部屋でリンチによる若者の死があった。さもあらん。あの親分じゃない師匠か、親方か知らないが、私はあの顔を見た瞬間、これは嘘つきだと直感した。何故か・・・・・、昔公共事業の入札に参加していた頃、あのような面をした土建屋に随分嘘八百の話ばかり聞かされた。始めから最後まで嘘ばかりなのである。あの手の顔だった、あの親方は。
 しかし、勝つ事ばかりに御執心の大相撲界なんぞ、早めに解散出直しをするがよい。だいたい、高見山を入れた時、つまり40年前からあの業界はおかしいのである。スポーツ界であり格闘技界になってしまった。あくまでも、村の鎮守の祭りで神事として奉納されるべきものの延長でしかない筈である。でかい相撲取りは、見世物でしかない。尤もらしい話はするが、外人を数十人も寄せ集めての興行に、なんの意味があろう。ガンつける横綱の浅はか龍、じゃなかった朝青龍か、あんな程度を横綱にする相撲界だから、17歳の新弟子3ヶ月の子供の顔をビール瓶でどつく○×が親方になれるのである。世間なら当たり前の事を、さも大袈裟に修行の厳しさにしてしまう、NHKとかの相撲どっこいしょの風潮も、本当に厭だ。美化もいい加減にしてほしい。安倍内閣よりも解散出直しが必要だったのは大相撲だったのである。

2007年 初秋某日

 立花隆という評論家は、現在日本にあって最高の知性に数えられている。東大の教授にもなっているが、元々は「田中角栄の研究」によって、田中角栄の金権主義を暴露して、今から30年前に時代の寵児となった評論家である。
しかし、彼が書いた事は当時の土建屋と政治家あるいは新聞記者なら、誰でも凡その事は察していた話である。暗黙の常識を書く勇気がなかっただけであって、けっしてその内容については殊更スクープというほどのものではなかった。
 しかしそれで注目されるようになってからは様々な評論を書くようになり、ある時期には先端科学について評論が
彼の知性の興味の中心となった。いつたい科学者でもない彼が誰を読者として執筆したかは判らないが、あるシリーズものを読んでいて、確かに彼は素人の域を超えてはいるが、それだからといって我々に何の権威をもって解説をしているのか、あるいはあくまでも素人の科学評論を我々は何処まで信頼して読むべきかを、実は私は随分と悩んだ。ましてや、日進月歩の科学の世界、一時期の時代の断面として捉えても、刊行された頃には既に過去のものとなっている現実からして、事実を事実として羅列したただけのものと、途中から興味が失せてきた事を思い出す。
 それからほぼ10年以上経った頃、小泉首相についての極めて独善的な評論を読んだとき、この御仁の面白みのない文章に呆れて、拾い読みすらやめて、その本を投げた。一体何に対して不満をもったか、それは彼の笑顔に隠された優越感に嫌悪を覚えたからである。彼は、散文には興味がないとあるとき何かで読んだ。確かにその通りで、彼は事実を述べるには緻密ではあるが、我々は、いや私はと言うべきが、ある状況の中で人間はどのような判断をしたか、その心情が知りたいのであって、事実なら他のマスメディアでどうにでもなる事なのだ。彼は小泉総理を簡単な一語の形容で済ませた。時代を動かすものが何であるか、ある状況の中で一人の人間を動かすものとはなんであるのかを知りたい人間、つまり歴史を知りたい人間にとって、ただ考古学のような解釈ではなく、その著者の洞察力によって歴史に言葉とならないものを読み解いてもらいたい私にとっては、甚だしく不満であった。
 まだ司馬遼太郎存命の頃、二人の対談があった。文明論についてであったが、ニコニコ笑いながら司馬氏に話しかける立花は、その笑顔に散文的人間に対する不遜さを滲ませていた。
 しかし、現在、彼の不遜さはその言動にハッキリと顕れている。彼は歴代の総理に対し、常に呼び捨てであった。テレビでまるで馬鹿と謂わんばかりの蔑称的発言であった。小泉はとか、安倍はとか、立花氏とか立花先生と呼ばれ続けている人間の、せめてものエチケットすらない。かれの驕りは最近目に余るものがある。
かれの近著で東大の歴史が書かれているものがあったが、読めば読むほど歴史の羅列であり、かれにとっては重大事であるかもしれないが、それがどうした・・・・・、とでも謂いたくなる様などうでも良い評伝であった。
 読者よ、よくよく覚えておくが良いだろう。不遜な人間のいう事には、必ず大きな錯誤があるものである。私の人生の中でも数少ない真実の一つである。


2007年 初秋某日

 福田氏が総理候補となるらしい。もし、福田氏が総理になったら、その時点で自民党の未来はなくなるだろう。あの男いつも意欲がないようで、あるようで、訳が判らない。隙を狙ってあわよくばという輩で、漁夫の利を浚われる麻生氏も気の毒である。あの皆に押されたから出るという姿勢は、生理的に許しがたい。過去の改革の捻じれを直すという立場なんだろうが、改革と戦後レジームからの脱却を唱えない限り、私は親戚の県会議員以外、自民党議員を押す考えはなくなった。そうそう、自民党党員もやめようか・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 それと、もう毎月読んでいたオピニオン雑誌、文芸春秋、諸君、正論、WILL、なども読むのをやめよう。まともな考えが一向に通らない日本なら、徹底的に自分での自衛に努めることにする。しかし、かえすがえすもあの朝日新聞らの左翼マスコミと白痴の大衆に嫌気が付いた。もう政治はどうでも良い。本当にどうでも良い・・・・・・

2007年 初秋某日

 朝日新聞と官僚によってしてやられた安倍さん。本当に気の毒であった。重箱の隅を探るような事ばかりする、日本のポピュリズムは、下等である。とにかく呆れた。どこの国に政治家に潔癖ばかりを強いる国があるのだ。政治家に庶民の経済感覚になれという、そんな○×ばかりだから、まともな政治家が育たない。安倍氏のように、自民党でやっとまともな政治家が出たと思ったら、みんなして足を引っ張るこの日本。「美しい日本」というキャッチフレーズは、実は私の琴線を鳴らした。「美しい日本」という本質的な表現を、揶揄したり小ばかにした評論家やらマスコミ人、あるいは政治家のなんと多かった事だろう。「美しい日本」、毅然とした国家感を持ち、四季に彩られた国の文化と歴史に対し誇りを取り戻し、戦後の歪められた日本を当たり前の国家にしようと言う、そういう内容であった。戦後レジュームからの脱却に対し抵抗する連中、左翼と族議員、そして利権官僚らによって仕組まれた陰謀に、当初から困難を極めた。
 その安倍総理が辞意を表明した。やはり、そうかと、実は驚きはしなかった。総理が誕生して間もなく、特に朝日系のテレビに出た評論家等が、「総理は馬鹿だから・・・」と言うのを聞き、これを聞いた安倍氏はどのような気分だろうと憤りを感じていた。たかが早稲田出の口舌の徒ごときにである。こんな事を言っては失礼だが、早稲田出のマスコミ人は、何かに対してコンプレックスがあるように思う。それは東大卒の政治家、官僚に対してかもしれない。そんな新聞記者上がりの私立大学教授のこれまたナント多い事だろう。彼らが、日本中にマッチポンプの先入観を流しだし、不満分子を作り出す。久間防衛大臣もマスコミの言われない誹謗中傷により、辞任に追い込まれた。
最近聞いた話では、彼は承知の上安部氏を守る為に辞任したらしい。
 社民党のあのバカ党首、なんとかいう弁護士で昔革マルのオルグだった女が、ボクチャン総理だとかなんかと言っていたが、あの社民党なんぞという政党、拉致被害者の訴えには一向に耳を貸さなかった前科者の集まりである。北朝鮮と友党関係にあり、国会質問で不審船に対してそのスクリューに網を投げて止めろと言った、それこそ噴飯者の大バカが党首をつとめていた党である。本質的なバカ集団にまであのように嘲笑された安倍氏、私は本当にご苦労さんと言いたい。
 こんな○×ばかりの日本、安倍さん貴方が見捨てて当然です。辞めて日本に大混乱を起こさせ、日本中の節操のない、自称、正義と弱者の代弁者のような不勉強な庶民に、もっと苦痛を与えて欲しいと、私は本当に心底そう思っております。

2007年 夏某日

 参議院選挙が終わった。私はつくづく日本人の○×さ加減に呆れた。なんで民主党が勝てねばならないのだ。なんで、社会保険庁の不始末が自民党ばかりに押し付けられるのだ。元々、旧社会党員であるところの自治労の、ふざけた狼藉と怠惰と無責任によるものであり、それらの殆どは民主党と社民党の支持者ではないか。それに、あの小沢一郎なんていう男は、知らぬものはない、それこそ岩手県での天の声の主ではないか。とことん土建屋への利権で今の地位を得てきたような男である。それなのに民主党に投票するとは・・・・・・・・・・・
 だいたい、拉致被害者に対しても、真の責任者は能天気な平和主義によって日本を無防備にし続けた、あの旧社会党共と共産党、それに朝日新聞らによるものではないか。もっと国防意識を日本がもっていれば、数十名から数百名と言われる拉致被害者は生まれなかった。それら、旧態依然の左翼思想の偽善による歪みを改めるべく奮闘しつづけていた安倍首相にこそ、我々はエールを送るべきであったのに・・・・・・・・・・。
 もうどうでも良い、こんな○×しかいない日本では、自分で自分を守るしかない。

2007年 夏某日

 サッカーの日本代表が負けた。当たり前である。いいザマである。準決勝戦を前にして国家を歌わない選手が半分以上もいるなら、負けてしまえ。ボールなんか蹴らずに、テメェらの頭か金玉でも蹴ってろい。
 だいたい、アメリカ人がサッカーを嫌うのがよく理解できる。人間が人間たらんとする、一番顕著な部位である頭と手を、なんと片方はボールをド突くために、かたや使わないようにするスポーツである。今でも、こんなスポーツに桁外れの公金を使わせておきながら、一度も国民に感謝の言葉を述べないあのなんとかチェアマン、選手も○×ならトップも○×だ。
だいたい、ワールドカップは日本単独でやるべきはずだったものを、我々国民の同意も得ずに無理やり日韓共催でやって、しかも向こうのナントカいうサッカー連盟の代表が、日本のチェアマンより格上扱いされていても、日本のサポーターとかいう連中は苦言を言わない。彼らがろくに税金を払わない若者等だからである。
もう、日本は○×が好き放題にやれる国になった・・・・・・

2007年 夏某日

 日本共産党の宮本旧議長が死んだ。失礼な話だが、まだ生きていたとは、知らぬ仏のお富さんである。この宮本という男、共産党の独裁者であった。東欧と東洋のそれらしき輩とあまり変わりはないかのように、無愛想でしかも奥の院からあまり下界にはでてこなかった。そして、不破、それに現在の志位議長にも共通する事実がある。それは勿論、全員東大卒のエリートであり、総じて無粋で、しかもあの悟りきったような独善的な態度、つまり周りの意見には一切耳を貸さないという、唯我独尊姿勢である。かれらは世間の常識がどうあれ、自分等は国民の殆どが支持しない事でも、他国では全く通用しないような非常識な論理であれ、それを主張し正論を吐いたと嘯く。原資があろうがなかろうが、彼らの論理では常に国防費は無駄であり、公共事業はもっての他であり、探せば幾らでも福祉に使える金が集まるという考えである。
非現実的な正義論を並べ立てるので、政権与党になる確率は無限にゼロだから、自己の言動に責任をとる必要も無い。常に大企業、官僚、他の政治家は悪で、しかも貧乏人は全てが善で被害者であり、彼らにとってはいつも日本は不完全な階級闘争の修羅場である。そして、かれらの言う弱者こそかれらへの投票者である。が、かれらこそは、日本のような自由と安全が保証された資本主義自由陣営内でしか生きてはいけない。東欧なら、とっくに粛清の対象である。
 共産主義者、あるいは社会主義者にとって、自己の存在意義は階級闘争の場でしか証明されない。だから、常に国内には抑圧者で搾取者で、しかも不労所得を得る資本家がいたるところにいなければならない。とにかく敵は内にあるというのが彼らのスタンスである。だから、自国民を大虐殺したのはソビエト、中国、カンボジア、北朝鮮などであり、ソビエト、中国だけで優に8000万人にはなる。いかにドイツのナチスが残虐非道であっても、他民族ゃら他国民を随分殺しはしたが、自国民をこれほどの目には合わせていない。
 喜ぶべきは宮本元議長が戦前にリンチで一人の内通者を殺しただけだという点である。正直、かれに対しては、宮本百合子の元亭主である事と、あの喜怒哀楽のない無粋顔と、そのリンチしか思い出せない。その程度の人であった。


2007年 初夏某日

 世の中には、自分の立場を全く理解していない軽薄な人間、所謂、粗忽者と言われる御仁が案外多いものである。勿論、私などはその代名詞のような人間ではあるが、私以上のツワモノがいた。あの防衛大臣の久間氏である。
彼は、アメリカとの間で悶着ばかりを起こしている。その際に共通する行動パターンがある。いつもどっかの講演会で、ブツブツと呟く様にして言った、まるで独り言のような発言によって、とびっきりの大問題となる。要は、いつも緊張感がなく、過去の失敗を肝に銘じるという学習能力もないという、本質的な粗忽者なのである。
 しかし、日本のマスコミもマスコミ、野党も野党である。今回の失言問題は単なる言葉尻でしかない。かれの発言を歪曲して解釈したものでしかない。彼の発言の脈絡からして、あの「しかたがない」という意味は、原爆によって日本が降伏せざるを得なくなったという、そんな意味での「しかたがない」という意味であって、決してアメリカにとっては原爆投下せざるを得なかったという、アメリカの行為を容認するといった内容ではない。
 驚く事に、東大法学部を卒業したエリートの彼自身もそれに気付いていない。どういう意味でその時にそのような発言をしたか、覚えてないのだ。だから、私は一層彼に呆れてしまう。彼はそういう意味でも本質的な粗忽者である。

2007年 初夏某日

 仰天した。あの公安調査庁元長官と日本弁護士会元会長らの朝鮮総連本部差押え逃れ。一体全体、この国の正義はどうなったというのだ。当初は、元長官と弁護士会元会長らは、在日朝鮮人の不遇を案じて代わりの買い手となって総連に賃貸するような発言だったが、事の顛末は元長官らの詐欺行為という、呆れた行状がハッキリ浮かび上がってきた。この元長官二言目には一円もリベートなしという話だったが、手付金から1億5千万を懐にしていたという。日本の公安当局が北朝鮮オルグに目を光らせているからという、どっか安心感があったから、今後は拉致のような不埒が起こらないという気がしていたが、もう何も信じられなくなった。社会保険庁職員は、実質的な振り込め詐欺をしていたし、官僚らの横暴も含め、もう日本の行政(検察は司法ではなく行政である)は本当に頼れないと痛感した。
 ところで日本弁護士会を、あの橋本弁護士は百害あって一利もないように言っていたが、これほど朝鮮総連に同情的だったとは、思いも寄らなかった。いつも、反政府反自民党の立場と国民の権利を声高に叫ぶ、めっぽう左翼っぽい組織だとは感じていたが、これほどとは思わなかった。
 私は、北朝鮮の拉致事件の発覚いらい、キムチなどという日本人の味覚を壊すような漬物は一切口にしていない。それが嫌いだからではない。きっと、横田さんらは、そんなものを見るのも厭だろうし、訳の判らない韓流ドラマなんぞは、表向きはどうあれヘドがでるほど厭だろうからという、そんな単純な連帯意識から、私はあの類には興味どころか嫌悪さえしていた。それは、どこかで思いが一つでありたいという私なりのポリシーによるものである。
田舎の普通の不動産兼建設業者ですらその程度の義侠心はあるのに、日弁連の元会長さんやらにはないらしい。
 法曹界とは、ほぅー、そうかい、ってなレベルなのだろう。

2007年 春某日 

 最近つくづく私が嘆くのは、なんと料理番組が多くなった事かという、情けない実情のことである。30年前も
確かに料理番組はあったが、それはあくまでも家庭料理の指導番組であり、グルメなどというただの軟弱な道楽者を自称する○×もいなかった。
 時代遅れかも知れないが、私は男が食べ物の事を、やれ何々が美味いの、あれには何々が入っているなぞと、そんなどうでも良い事を外で口にする事に、随分と抵抗がある。地方では食べられない料理を、ヨダレを流さんばかりにテレビで見続けて、はや20年。グルメ番組と共に、日本人の軟弱が加速されてきたと思う。
 男は、料理なんぞを語ららず、国家と世界を語らねばならないと思うのたが、最近の若い奴だけではなく、最近の中年以下も皆国家を世界を語らなくなった。それは、グルメ番組と反比例するかのこどくである。
 フランス革命前夜、あるいはイギリスのビクトリア時代、宮殿では飽食の限りが尽くされた。毎日のグルメ番組が男を軟弱にさせ、結果、甘い世界観によっていつか日本国民は食糧難を迎える事になる。

2007年 春某日

 最近、何もかも厭になってきている。テレビでは、朝から晩までパチンコ屋とサラ金のコマーシャルだらけ。ニュースと言えば、北朝鮮が傍若無人に振る舞い、中国が大国面して、アメリカが手前勝手な論理で好き放題。
若者番組は、馬鹿の一つ覚えのお笑いと、セレブ特集、それに食い物屋の話ばかり。要は、日本のマスコミが視聴者を愚民扱いしているという事、それでしかない。
 一体全体、あのセレブ特集って何なのだろう・・・・。半端な成金の持ち物自慢と、卑屈そうな芸人の馬鹿トーク。それに、どうでも良いようなラーメン屋の特集。それで何かと言えばマスコミの「表現の自由」とは、片腹痛いではないか。
 挙句が、テレビが流すコマーシャルの甲斐あって、私にはパチンコとサラ金による破産者からの相談ばかり。その話の深刻さは、半端ではない。家族、友人、知人等が借金地獄でのたうち回る。
無責任なマスコミと卑しい天下り役人によって、パチンコ業界とサラ金業界は繁栄を続けるこの日本。私は、このような連中への政治テロが、いつあっても不思議ではないと思っている。いや、願ってさえいるのだ。

2007年 春某日

 アメリカ議会が「慰安婦」問題での非難決議をするとの事。私は、随分と親アメリカ派であると自認しているが、あのような決議をする破廉恥国なら三行半を突きつけよう。
慰安婦の真偽については、私は軍とか政府の強制はなかったという考えだが、今回はそれを問題にしない。また、中国に金玉を握られていた河野洋平なる日和見政治家が「河野談話」なる妄言を吐いたが為に、その後の日本に多大なる不利益を与えた事に対する、憤懣を述べるつもりもない。30年前に新自由クラブ結成時にも実にいい加減な動機によって自民党を離党した事を知っている私にとって、あいつなら売国奴的発言も仕方なしと諦めている。
 しかし、どのような理由であれ、日本の大都市上空で無差別殺人を目的に原爆を2発も炸裂させた国に、60年前の日本について一方的な根拠によって非難されたくはない。戦後60年間のアメリカは、共産主義の魔手から人類を救ったというそれ以外で、政治的に褒められる事はなにもない。私が認めるのはアメリカの映画であり音楽であり、戦後のアメリカ的文化のみである。身勝手な経済でもなければ、他国を見下す政治・軍事でもない。あの楽天的なアメリカである。
 9.11の騒ぎようはどうだろう。かの国に攻められ破壊された国ならば、何をあれしきで大騒ぎと失笑した事だろう。あの国に謙虚さとか、真に他国への思いやりを持たせる為には、ニューヨークの上空であの時の広島・長崎のように、あらゆる物を溶かす1億度の熱線と、それまでの個体に備わった遺伝子を子々孫々まで変異させる放射線のクラッカーが必要かもしれない。

2007年 春某日

 あのエロ週刊誌、週刊現代だが、「安倍総理が韓国をキーセン国家だと言い放った」と報じている。
私はそれを驚かない。私がこの仕事を始めた30年前には、建設業界では、というよりも日本全土で、韓国キーセン旅行が大流行であった。私の周りでその種の目的で韓国旅行に行かない者は私だけだった。金も興味も無かったし、生きるのに精一杯だったから、身分不相応であった。塗装屋、板金屋などは年に二回程度は行っていた様に思う。私などはその親方にベットでのアツアツショット写真を見せられたものだ。行く方も行く方だが、当時の韓国は外貨稼ぎに国自体がそれを積極的に売り物にしていた。
 それが国力がつきだした頃から、そのような不純な目的で韓国に渡る日本人に対して、韓国でも日本でも問題視するようになり、現在ではその種の流言は聞かれなくなった。当時を覚えている者なら、私と同じ話をする筈である。ハッキリ言うが、日本以外のアジアの国家が、欧米の尺度での文化的国家となったのは、せいぜい20年前からである。マスコミもそれを斟酌して論評して欲しいものだ。日本以外のアジア人など、欧米にとっては毛の薄い猿程度でしかなかった。それが真実である。ましてや、戦前、戦時中のアジアならなおさらである。
 ところで、私は安倍総理と同年齢だから、もし彼が本当にそのように言ったのなら、私も同感であると言いたい。だからと言う訳ではないが、従軍慰安婦問題についても、あれは女衒が集めて来たものだと思うし、当時の日本を除くアジアの生活レベルあるいは倫理観からして、自らの意思によって慰安婦になるものも多かったのではないかと、他言はしないが密かに思っている。日本の戦後の動乱期でも、仇だったアメ公に身を売る戦争寡婦があれほどいたではないか。衣食足りて礼節を知る。けだし至言である。

2007年 春某日

 世間には、人前で真面目な顔をしながら、音なしの構えで臭いオナラをする奴がいる。悪い事に本人は、己のその無礼でしかも傍迷惑な行為が、しごく自然な振る舞いだと勘違いしているから堪らない。
 私にとって、ニュースステーションに出てきては、古舘キャスターの横で、日本の不正を暴き世界平和を背負って立つがの如くにいつも神妙な顔をしている割には、素人臭いありきたりの論評をする、あの加藤朝日新聞論説委員こそ、そのスカ屁男である。
この男、とにかく、いつも日本の事を悪くしか論評しない。それどころか、自分が中国に行った時に、現駐日中国大使の王毅氏と中国の迎賓館とおぼしき場所で撮ったツーショット写真を、テレビで自慢げに放送した大ばか者である。日本が最も警戒しなければならない国家、原潜で領海侵犯を平気でする国、日本との協議の上に採掘すべき海底油田を、何の断りも無く一方的に採掘している国家の代表とのツーショットが、そんなに嬉しいか不思議でならない私にとっては、それは正にオナラに相応しい。
彼は、文化大革命当時に、東京外国語大学の中国語科に在籍している。さもありなんである。当時のあの連中には、とんでもないオルグが五万といた。連中はいつも幼稚な正義感に支配されていた。名前は伏せるが、私の中学時代の社会科の女教師もそうだった・・・・・・、この話はやめよう。
そう、あの加藤論説委員の話に戻そう。とにかく皆さん、あの御仁は偉そうなんだけど、非常に通俗的な論評しかしない、昨今まれな御仁である。そう思ってテレビを見て欲しい。まるで黙って臭いオナラを嗅がされるような気分になるから・・・・・・・・・・・・・・・

2007年 春某日

 安倍首相が、新しい法案をどんどん成立させようとしている。とにかく、小泉首相以外なら物怖じして絶対になしえなかった事を、続けざまにしようとする。当然、問題もあろうが、いかにも尤もらしい不安材料だけを並べ立て、大同を捨て小異に走ろうとする自称文化人とか、自称革新(こんな言い方は自分の○×さ加減を自認するようなもの)の言動ではもう止められない勢いであり、私としては山積する問題に対してどんどん法案を通し、ナタをふるって欲しいと思っている。公務員改革とか天下り防止法案も、本腰だから嬉しいではないか。当然、凄まじい抵抗もあろうが、それはそれ、小泉首相をみならい国民を直接味方につける事が肝要である。国民の後押しがあれば、どんな難題も解決されよう。
 そして、なんといっても憲法改正である。前準備としての国民投票法案の成立が待ち遠しいではないか。これでなんとか、中国、ロシア、北朝鮮などという、法があってないような独裁国家に挟まれた島国も、まともな武装とその法的準備が可能となる。平和を唱えれば平和に暮らせるような妄想ばかりにとらわれていた、平和ボケ共が支配していた言論界が、やっとまともになりつつある。

2007年 春某日

 日本の経済学者に斉藤精一郎と金子勝という人物等がいる。この二人、小泉首相時代に竹中元経済企画庁大臣の経済論に対し、これをそのまま行うと日本は金融崩壊すると明言し、あたかも竹中大臣が経済を知らぬが如く嘯いた。
いや彼らだけではない、政治家、官僚、マスコミ人とかなりの専門家を自認する人らが、口々に非難中傷した。
ところが、ご存知の通りほぼ竹中氏の計画通りとなり、市場原理による経済活性化は成功した。
当然の結果として、彼らがマスコミでの謝罪なり、持論の間違いを認めるものと思いきや、彼らはそれを口にする事はなく、それに反して、その成功の事実を無視した。あれは内需の拡大によるものではないとか、中国の特需によるものだとか、様々な言い訳めいた論説はあったが、結局は一番の非難者であったマスコミ自体が、竹中無視を決め込んだを幸いに、あのエセ知識人らは総じて口をつぐんだ。
 彼らの世界は楽なものである。前記の二人は経済学者として、今でも国を世界を論じている。せいぜい5年間程度の日本の経済も読めない連中が、偉そうに、学者面してブラウン管ならぬ液晶画面に出てきては、ご託宣を垂れるのだから、日本は甘い社会なのである。恥知らずの口舌の徒等に鉄槌を111

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